武田塾のフランチャイズの仕組みを作った林尚弘はどんな人物?

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授業をせず、参考書を徹底的に勉強することで志望校合格を目指すという、これまでになかった塾のスタイルを作り出した武田塾。その武田塾を一代で大きく成長させ、沖縄の離島である石垣島にも校舎を設置するなど全国展開に成功したのが「塾長」の林尚弘さんです。全国へのフランチャイズ展開をどのように成功させていったのかも気になりますが、林尚弘さんとはどのような人物かも気になるところです。こちらをまとめました。

林尚弘さんの経歴

林尚弘さんは1984年11月19日生まれで、2021年で37歳になります。千葉県市川市出身である林尚弘さんは、父親が証券マンを務めていたこともあってか、お金に対する教育も行われており、小学生にして、「せどり」と呼ばれる手法でお金を稼いでいました。せどりとは、フリーマーケットなどで安く本を仕入れ、それを高価買取の店で売るという手法で、2010年代以降に盛んになった手法です。1984年生まれの林尚弘さんの場合、小学生の頃にやっていたわけですから、古本屋のチェーン店がまだポピュラーではなかった頃に「せどり」をしていたことになります。ちなみにそれで貯めたお金で買ったものは、「銀行の株」だったわけですから、ただ者ではありません。

武田塾を作るきっかけとなった挫折とアドバイス

大きなことをしたいと考えていた林尚弘さんは、市川市立福栄中学校に通っていた時から東京大学への進学を検討していました。そして、千葉県内の公立高校ではトップクラスだった県立船橋高校に進学します。当時の千葉県は学区制になっており、公立高校に通う場合は決められた地域の中にある高校にしか行けないことになっていました。市川市に住んでいた林尚弘さんの場合、最も上位の高校が県立船橋高校だったというわけです。一方、県立船橋高校ですら東大合格者数が1ケタしかなかったため、必死で勉強をしなければならないと、中学3年の時点で全ての予備校のパンフレットを請求するなど、林尚弘さんは東大合格に向けて本気でした。

一生懸命勉強をしようと高校時代はひたすら勉強に明け暮れ、高校1年生の時から予備校に通い続けます。週3回の予備校通い、部活は、17時に帰宅でき、高校2年で引退できる合唱部に入り、副部長まで務めます。目指せ東大を合言葉に、3年間必死で頑張ってきた林尚弘さんでしたが、その努力が叶うことはありませんでした。浪人をしてもなかなか成績は伸びず、どうしたものかと頭を悩ませていた時、友人からあるアドバイスをもらいます。それは、1冊の参考書を完璧にした方が成績が伸びやすいというものです。1冊の参考書だけを徹底的に勉強することで成績が上がると教えられ、藁をもすがる思いで必死に勉強した結果、学習院大学に進学します。

しかし、県立船橋高校出身者がわざわざ浪人をしてまで行くような学校ではなく、東大に進めなかったことは林尚弘さんにとっては大きな挫折でした。その一方、参考書を徹底することで成績が伸びた経験は確かであり、参考書を徹底させることがとても重要であることに気づかされます。これが武田塾の原点といえるでしょう。

大学1年ですぐに起業!

武田塾を運営する株式会社A.Verを立ち上げたのは大学1年生の時です。大学生になり、家庭教師のバイトを必死に行って資金作りを行い、その間に塾の経営に勉強をしていく中で大学の友人と一緒に会社を立ち上げると、最初は塾作りではなく、家庭教師を派遣するところから始めます。家庭教師役の講師もいなければ生徒も集まらない状況で、林尚弘さんは苦境に立たされますが、林尚弘さん自らが前に立って講師となり、教え子たちが軒並み成績を上げていったので、「このやり方は正しかったんだ!」と思うようになります。

そして、林尚弘さんと一緒に会社を立ち上げた友人は、とんでもないやり方で営業を行います。それは2ちゃんねるで受験について面白おかしく真理を説いていくというものでした。結果的にかなりの盛り上がりを見せ、林尚弘さんをはじめ、他の友人までも返信作業を行うことになったほか、ブログサイトにうまく誘導したことで、当時のブログランキングで1位となり、受験業界でも話題となっていました。

そもそもなぜ林尚弘さんなのに「武田塾」なのか、それは2ちゃんねるで、「武田」が受験のやり方を教えるというスレッドを立てたためで、林尚弘さんの友人も武田という名前ではありませんでした。いわば武田は架空の人物だったというわけです。そして、その友人がブログで、「武田塾を作る!」と宣言したことで武田塾がスタートします。のちに、なぜ塾長が林尚弘さんなのに武田なのかという問い合わせが頻繁に来るようになり、金八先生でおなじみの武田鉄矢説、武田信玄説などを考えていきますが、友人がノリでつけたものが流行ってしまったことを、林尚弘さんは正直に語っています。

やっていることは今も変わらず

全国にフランチャイズ展開をしている武田塾ですが、その武田塾でやってきたことは今も昔も変わっていません。元々ブログを通じて情報公開を行っており、参考書を解く順番などをブログやYouTubeにまとめていきます。YouTubeといえば最近になって多くの塾が参入するようになっていますが、YouTuberという言葉すらなかった時代からYouTubeで情報公開を行ってきています。いわばやっていることが、今も昔も変わっておらず、それが受験の本質であり、揺るがない真理であることが言えるでしょう。

武田塾の動画に出る教務担当の男性も高校1年から武田塾のやり方を実践してきたことで、京都大学に現役合格を果たしています。この男性は武田塾がブログで無料公開してきたノウハウを参考に、武田塾には入らずに合格していますが、実は現在でもこうしたブログや無料相談の場でノウハウを教え続けており、武田塾には入らず、ノウハウだけを実践する人も出てきています。一方で、どうしても自分だけではサボってしまうという人も出てきますが、スケジュール管理を武田塾でしてもらうということで入塾する人が増えていくという流れです。自分でできればそれでいい、自分でできなければ武田塾がスケジュール管理を行う、それが林尚弘さんの考えです。

すべて晒すのが林塾長

林尚弘さんは、武田塾の動画にも参加し、自らの過去を振り返っています。その中で、なぜ週3回通いながらも現役合格どころか、全滅してしまったのかについて、映像授業の予備校に通い、授業を受けてノートをとるだけで褒められ、そこで満足していたことや、確認テストがなかったことを挙げています。人によっては屈辱であり、恥ずかしい黒歴史になるところを、林尚弘さんは堂々と語ります。この堂々とした態度が多くの生徒たちをひきつけ、信頼を集めるのかもしれません。

現在武田塾はフランチャイズ展開をしていますが、林塾長の挫折を基にしたメソッドで全国の学生を救っています。林尚弘さんは次に何を目指しているのか、非常に注目が集まるところであり、次の一手が非常に注目です。

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